ゲームの終わり〔1〕

【登場人物】
主人公・希美子(奔放で無邪気なOL)
カノエ(シッカリ者のIT事業経営者)
イッサ(俳優養成所に通う茶髪で軽快な青年) 
ケイ(実家は建設会社を営む無口で黒髪の青年、建設作業員)
広瀬たかし(カノエの元恋人で、イッサの先輩俳優)
ひとりの青年(国立公園のアルバイト)

2001年7月。
陽も落ちて涼しい風が吹いている、海岸の国立公園隅の寂れた場所が、彼らの良い隠れ家だ。希美子、イッサ、ケイの3人は、この場所をデッキと呼び、時々待ち合わせる。個性的なイッサ、内に秘めたケイ。イッサはTVの話しから子供じみた質問をおもしろそうにしている。希美子は、ただ、ぼんやりと二人をながめていた。


そんなとき、ふと自分達3人には何かあってもいいのに・・・、希美子は、そんな気持ちになり
「ねぇkissしよう。」
と、言葉が口をついて出た。

何も聞こえていないかのような空間。イッサは何食わぬ顔で寝そべったまま。希美子はイッサをじっと観察し、同時にケイの様子も見ていた。。ケイは、希美子とイッサの距離の近さをいつも感じていたし、希美子も付き合うとしたならイッサ。そう感じていたのは本当のところだ。でも、気づくとイッサではなく、さっきまで冗談でも関係外であろう、と平然としていたケイの頬に手を添え、じっと見つめ、そして自分からkissをした。ケイは、希美子に顔を近づけることもなく、かすかに首をかしげることもせず、希美子には、何だか遊びを責められる態度に思えた。落胆と後悔の念をごまかすように希美子は、フランス人の挨拶のように頬にkissをし直して微笑んだ。
 するとケイは、何やら一言二言いって、今度は、自分からkissをした。いつもの様子を伺っている彼ではなく、唇を合わせると、舌で希美子の唇をくすぐった。希美子は、驚いた。いつもの物静かな印象とは違っていたからだ。しばらくそうしていたが、希美子もケイの気持ちに応えるように舌をのばした。二人は互いに舌を絡めあった。そして希美子は、体を被せようとして体勢を乱し、そして思惑がはずれて、ゆらゆらと倒れケイが上に重なった。ケイは、止められない気持ちが湧き上がったように、希美子の首すじにkissをし始め、希美子も彼を抱きしめた。すると急にケイは、苦しそうに息使いを殺しながら、希美子をギュッと抱きしめた。二人は、互いの肩の上で、目をつぶって抱きしめ合った。寝そべって彼を抱きしめると、彼への愛おしさがどんどん増してくる。気づくと、もうイッサはどこにもいない。彼を胸に抱きしめている心地よさ。言い知れぬ安堵感が希美子を包んでいた。

 これはkissしようかっていう、ゲームのような始まり。その時、確かに希美子は、二人のどちらともkissがしたいと感じていた。なんてヒドイ女。今更、希美子は、そう思えた。私はイッサを傷つけた?彼が、いつ居なくなったのかさえ知らない。そして、もし最初にkissしていたのがイッサなら違っていたのだろうか。そういう迷いが心をゆらした。
「イッサ・・・。」
小さくつぶやいた。私は、イッサも求めてるんだ。

ある日の夕方、希美子は、一人でデッキにいた。なんとなく風に吹かれて、ふと下に目をやると、ひとりの青年がこちらを見ている。姿を消したと思っていたら、彼がデッキから現れ
「もう誰もいませんよ。」
と希美子に言った。希美子は
「そうみたいですね。」
と答えた。すると彼は
「鍵を閉めてしまいたいのですが・・・。」
と言う。希美子は、どうせ鍵なんて要らない出入り口があるでしょ、と思いつつ、少し考えて、
「もう15分だけ使わせてくれません?鍵をかけて使うかもわかりませんけど・・・。」
と意味深に微笑んだ。彼は、本気に取ったかのようにしゃがみ込んで、ため息混じりに
「いいですよ。」
と言った。希美子が誰かを持っていると思ったようだ。
「じゃあ。最後に、もう1度来ますから・・」
彼が降りようとしたその時、希美子は、彼の胸に手をあてて止め、
「どうしてぇ?15分間借りたのにぃ~。」
と誘うように言った。デッキの死角に彼を優しく進めると
「こういうことはいけないと思う。」
と青年は言った。希美子は、面白くなって
「そうね・・・。」
と意に返さないように言い、彼の陽に焼けた左肩にkissをして
「良い子だったのね。」
と、これからそうでなくなるかのような話しぶりで話した。しかし彼はハンサムな風貌と打って変って、つまらない子供のようだ。希美子は、そんな青年に急に冷めて、唇にkissもしないで
「じゃあね。」
と去った。

まずいんじゃないのかなぁ・・・とカノエは思った。
「本当に大切な人はひとりじゃないのかな?希美子は彼らの中身を見てる?」
心配そうに言った。希美子は
「分からない。どちらも大切な人。」
と、歯がゆいように言う。
「どちらも会いたい!二人と話していると楽しいんだ。」
そう訴える。二人とも希美子のことを好きなんだから、気持ちがよくて当然だとも思うカノエだ。

 カノエは、自分で仕事を企画し、事務所を切り盛りしているWeb制作者である。従業員は、たった一人。営業も経理も集金も、ほとんどは、自分でこなすのだ。
仕事が順調に進むに連れ、男性顔負けのしっかり者になっていた。彼女は最後の恋が終わってから、この仕事を始めたのである。すべてを独学で学んだ。時には何もかも投げ出しそうになったこともある。
そんなせいで、周囲のサラリーマンのグチを聞いては、グチるんなら、グチらずに済むように自分で環境を整えれば?、そう思って情けなく思うばかりなのだ。
 彼女も昔は、たくさんの恋をしてきた。劇団にいた頃は身近な仲間にいつも注目され、恋人に困る事はなかった。相手のどこが良かったかと思うと定かではないが、会いたくなったし恋に落ちたのだ。たくさんの恋のすべてが本物で、本当に会いたくなったし恋しかったのだ。けれど、最終的には誰も生涯の人になることはなかった。
彼女はそのことに悩み、その原因が、たやすく恋に落ちたせいであると考えていた。自分が次に付き合う人が生涯の人になるのだ!自分にそう言い聞かせて、そして恋せぬまま、5年の月日が流れたのだ。
 新しい仕事に追われ、新しい情報に追われ、それ以外は無意味であるかのような日々。失敗に1人で泣く事もある。もう何もかも投げ出したいと思う事もある。そんな時にはいつも、昔の自分と違う道を選んできた。たやすく誰かの胸に頼らない。たった1人で乗り越えてきたのだ。あと1歩。あと1歩で生涯の彼が現れるかもしれない。もしそうだったら、今、たやすい方向に走ればきっと後悔することになる!そうして5年が経った。

希美子は、自分の部屋で今日のことを考えていた。イッサ達は私の何も知らない。デッキで、初めて会った青年に好意を抱いたことなんか、想像もしないのだろう。ケイと幸せに浸りながらも、イッサを忘れる事がなかった。そしてもしあの青年がムードたっぷりに自分を誘ったら、どうなってしまったのか?あの青年が安全な男で良かったと内心、ホッとしている。私はイッサを求めているのか。私が今までの関係に、終止符を打ったという受け止め方をされているか?・・・不安になった。
 ただ彼らとの関係を進展させたかった・・・・そう思ったのだ。ケイは自分が選ばれた・・・そう思ったろうか。
今夜も自分のことを考えているのだろうか。イッサは、自分から離れていくのだろうか。ケイを選んだのだと思っているのだろうか。ため息がこぼれた。
 でも、イッサには、そう思われるほうがましかも知れない。私が二人とkissをしたいと思っていたとは、そんな事は、あってはならないのだ。ケイを選んだのは無意識の順番で、イッサともどうせkissをするつもりだったとは。そんなことが、できるはずはなかった。おそらくイッサがその場を立ち去ったのは、ケイにkissをした直後だろう。ケイが最初、私のkissにそっけなくしたのは、イッサがいたからにちがいない。そしてイッサが立ち去り、ケイは自分から私にkissをしたのだ。私がイッサを選んでいたら、イッサはどんな風に私に接したのだろう。ケイは私に今迄みせなかった男の部分を覗かせた。イッサにも、いつもと違う男の部分があるのだろうか。kissしよう・・の言葉に素知らぬ顔をしていたイッサ。

ケイとイッサが出会ったのは、高3のときだった。たまたま席が後ろ前になったのがキッカケで、食堂に連れだっていくことになったそうだ。家が近かったこともあり、イッサに誘われてバイト帰りに、あのデッキで話し込んだものだった。そこは彼ら二人の隠れ家のような場所だったそうだ。そんな場所を同じ隠れ家にしていたのが希美子だった。偶然に出会った夏から希美子は楽しかったし、いつの間にか二人を好きになっていたのかも知れない。約束事のように、どちらか一方と二人きりであうことは決してなかったが。

カノエはたやすく恋をすることをやめたのだったが、希美子から見ると、何事もテキパキと処理し、ヘコむことなどない勇敢な女性だ。そんなカノエは、男性しかいない島に行っても恋におちないように思えた。それくらい恋人を必要としていないように見える。いつかイッサが、
「ああいう人も、知ればすごくいいのかもしれない。」
と言ったが、よくわからなかった。ケイとkissした夜、カノエから久々に電話が入り、長々と何時間も話しこんだ。何でもくったくなく話す希美子は、その日の出来事をカノエに話したのだった。
「誰と幸せになりたいの?」
とカノエは聞いたが、希美子は答えられなかった。今は、イッサともケイとも幸せになりたいのである。カノエは
「別々に出会っていたら、1対1でお付き合いをして、ふたりの違いや良さがよく分かったかもしれないね。そして、二人の悪い面ももっと分かったかもしれない。」
そう言った。思えば、二人の悪い面など思い浮かばない。最高の関係なのだ。
「いっそのことケイくんと付き合えば?というか、今迄はなかったことだとしても、初めて個人的にデートの誘いがあるかも知れないでしょ。イッサくんを抜いて二人でどこかに行く誘い。だってイッサくんも混ざりにくいじゃん。希美子も二人と・・・って言っている間は本当の気持ちが見えてこないかも知れないねぇ。」 
カノエは、そうも言った。

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