ゲームの終わり〔2〕

【登場人物】
主人公・希美子(奔放で無邪気なOL)
カノエ(シッカリ者のIT事業経営者)
イッサ(俳優養成所に通う茶髪で軽快な青年) 
ケイ(実家は建設会社を営む無口で黒髪の青年、建設作業員)

待ち合わせをしている夜のサラリーマンの中にイッサもいた。
「おう!」
イッサがケイを見つけた。
「おう。」
ケイが返した。ラフなTシャツ姿だ。準備がはやく引けそうだったイッサは、ケイに電話をしてみたのだった。


イッサは俳優養成所にかよっている俳優の卵だ。といえば聞こえは良いが、雑用が主な仕事だ。現場のフォローや先輩俳優の、御用聞きのような部分もある。しかし持ち前の明るさと社交性を生かし、現場に馴染んでいるのだ。それなりに楽しいという。かたやケイは、建築現場で作業員をしている。某有名建設会社を営む親父さんを見習い、自分も一から学びたいと、武者修業を買って出ている変わり者で、今は親父の世話にはならないとアパートで1人暮らしをしている。そんなケイをイッサは、とても信頼しているのだ。
「まずは、お疲れさんの乾杯と行きましょうか。」
イッサは生ビールを注文した。焼き鳥、串カツなど、サラリーマンが集う女ッ気のない店だ。
「どうだった?」
イッサが聞く。
「今日は、暑くてたいへんだったな。」
とケイが答える。
「そうじゃねえよ。この間のことだよ。」
希美子とのことだと分かったケイは、“あぁ、あれね”、と言わんばかりに
「何もなかったよ。」
と答えた。イッサはビールを飲み、焼き鳥に手をやった。しばしの沈黙の後、
「しかし、あれだよなぁ・・・。俺、情けないよなァ。」
イッサがきりだした。
「お前が高校卒業と同時に免許をとってさぁ。希美子をドライブに誘ったジャン、親っさんの車借りてさ。希美子は、そんときミュージシャンだかナンだか分かんない奴に夢中でさ。『ライブが終わった後に待ち合わせすっから、しばらく遊ぶ暇ないわぁ。』ナーンテ言われてさ。」
「だったな。」
ケイは笑みを浮かべ相づちを打ちながら、おいしそうにビールを飲んでいる。
「結局、女ナンパする、て言って海に行ったんだっけ。」
イッサが続ける。
「そうだったな。」
ケイがつぶやく。
「でも、どうしても希美子が忘れられなくてさ。希美子が成仏する相手を良つけるまではって、そんな気もしらねぇで、次々と男変えやがってさぁ。俺の順番はないのかよ!・・・と思ったら今度はお前じゃん。」
イッサが突っ込む。結局、それが言いたかったイッサに
「だから何もなかったよ。」
と、ケイがあきれて言う。二人は年上である希美子のお守りをしながら、成長してきたのである。

そんな希美子は、毎日、不安な日々を過ごしてきた。昼休みに携帯を見ても、ケイ達からの着信はない。彼らからナンの連絡もないのだ。・・というより、カノエが言っていたように、ケイからの連絡が何もないのだ。ケイが自分を抱きしめた時の気持ち、あれが偽物だとはどうしても思えなかった。ケイの苦しそうな顔・・・そして幸せそうな顔が、焼き付いて離れない。なのに何故ケイは、あれから連絡のひとつもよこさない。
希美子は、ケイの気持ちがわからなかった。だけど、こうして1週間まっているのだ。誰にどう聞けば良いのか全くわからなかった。カノエに電話してみようかと希美子は思った。

その夜、カノエは、昔のことを思い出していた。そっと劇団にいた頃のノートを引き出しの奥から出し、それを見ようか見まいか迷っていた。たくさんの恋をしていた自分。そして今、ひとりで耐えている自分。恋ができない自分に、さよならをしたいのだ。恋をしていた頃の自分のノートには、今のヒントがあるかもしれない。そう考えたのだった。しかしそれを開く勇気がなかった。表紙をじっと見つめたまま、1時間がたとうとしている。
そんな時、フイに電話が鳴った。
「お久しぶりです!イッサです。希美子さんと・・・」
と言いかけた時に、
「お久しぶり!」
とカノエが言った。
「めずらしいじゃない?何かあった?」
「特に用はないんですけど・・・。」
何やら遠まわしである。希美子にならまだしも、用も無しに私に電話をしてくるはずはない!
「話しがあるんでしょ?」
とカノエはきりだした。イッサは
「ええ、まぁ・・・たいした話じゃないんですけど・・・・。」
「そう。じゃあ、いらっしゃい。今、どこにいるの?」
カノエが聞いた。
「ええ、近くにいるんで・・・。」
イッサは答えた。
カノエに会いにきたわけではないのだが、偶然に今日は近くの小屋で講演の準備があったのだ。ふとカノエの家の近くであることを思いだし、希美子のことを話したいと電話をしてみたのである。イッサは、見た目は派手なところもあるが、礼儀や常識はわきまえた青年なのだ。カノエも普通なら外で会うところだか、自然に言葉がでてきた。何せ親友希美子の子分のような存在なのである。

5分ほどしてスグにイッサはやってきた。
「どうぞ。スッピンで申し訳ありませんが・・・。」
ジョークでイッサをむかえた。
「キッチンでいいかしら?」
カノエは、奥ではなくキッチンのテーブルを勧めた。二人では食事をするのも小さい、おしゃれな銀の円テーブルに、上からはライトが下がっている。
「おかまいなく。」
イッサが言った。
「うん、うちはアルコールをのまないからビールも何もないけど、麦茶でもどうぞ!・・・ところで話しって?」
カノエがきりだした。
「あの・・カノエさんは、どう思います?僕と希美子さん。僕に可能性ってあるのかなぁ・・・。」
イッサが聞く。
「そうねぇ、あるんじゃないの?今迄、不思議な関係、続いてるんだもの。」
カノエが答える。
「そうなんっすよね。カノエさんなら、僕とケイ、どっちかって言えば、どっちがいいと思います?」
たいした意味もなくイッサが尋ねた。
「そうねぇ、私は希美子と違うからねぇ。。。私、年下に興味ないから・・あっゴメンネ!年だけで判断しゃだめだよね。でも、希美子は迷ってるんだと思うよ。イッサくんとケイくん、どちらも近くにいすぎたから・・・。いつも3人一緒って感じだったから個人的に深く知ることが難しかったんだと思う。」
麦茶を一気に飲み干し、イッサが切出した。
「この前、ケイにkissするところ見ちゃって、どうしても頭から離れないっすよ。ケイを選ぶならいい、と思いたいんですけど。希美子さんから聞いてます?」
カノエは、それに答えず
「そうね。そう簡単にはいかないわよね。」
カノエはどうすることもできないように、ため息をついた。当の本人が先日、あれほどわからないを連発していたのだから・・・。
「イッサくん、役者の方はどう?」
カノエは切り返した。
「今、講演の準備なんすよ。」
イッサは答えた。続けて
「まだまだなんっすけど、今度はセリフも貰ったんで緊張してます!」
そう笑顔がこぼれた。
「それなら希美子もケイくんも皆を誘ったらどう?希美子も惚れ直すかもよ!私も是非、行かせてもらうわよ。イッサくんらしさって、そこだと思うし・・・ネッ!」
イッサも元気づいた様子で、明るい趣になった。そして帰って行った。
 カノエは思った。イッサが来たのも何かの縁かもしれない。神様が、昔を振り返らなくてもよいと私に示してくれたのだ。カノエは開きかけていた昔のノートを、引き出しの奥にしまいこんだ。
「よっしゃ!」
カノエは、小さく声を出した。

久しぶりの休みだというのに、暑い盛りである。カノエは、忙しくてできない洗濯がたまりにたまっていて、遅い朝食をとったら洗濯物に大忙しだ。ベランダに出て、大きな背伸びをした。とても平和だ。これで私の後ろに夫でもいたら言うことないのに。ふと思い描いたが、
「まっ、考えてても仕方ないか!」
そう独り言を言って掃除に取り掛かるのである。今日はゆっくり体を休めよう、そう思うのだった。

 ケイはと言うと、今日も仕事に出かけていた。今は仕事をしているほうが、余計なことを考える暇もなくていい。ケイは、希美子やカノエが思うより、ずっと大人で冷静だった。あの時間はあの時間で、自分にとって大切なものだ。しかし今まで希美子のことをずっと見てきた自分だ。希美子のkissがイコール自分を選んだことだとは、たやすく思わなかったのだ。
希美子が見つめていたイッサは、あの時、目を合わさなかった。イッサは希美子のすく横に寝そべっていた。そのイッサを希美子の目が見止めていたのをケイは知っていた。イッサのことだ。どういう態度をとって良いのか迷ったのであろう。そうケイは思っていた。イザとなると案外自分よりもシャイなところがあるものだと、常々思っていたのだ。そんな希美子とイッサは似たものどうしかもしれない。ケイはそう思った。
あのときイッサが希美子に手を差し伸べて誘ったら、間違いなく希美子はイッサにkissしたであろう。そう思った。だから俺の女になりそうだと、気安く思う事など到底無理なのだ。けれども、どうしても気持ちを止めることができなかった。希美子のkissに1度は素っ気無くしてみたが、イッサが立ち去るのを見ると、自分を抑えられなくなった。あの時間が自分の中で、イッサへの裏切りのように感じて、胸が痛いのである。

希美子の中で二人の心地よさは、全く違っていた。ケイは、おしゃべりではないが、いつでも自分の一方的な話を「うん、うん」とうなずきながら聞いてくれる安心感。そしてイッサは、瞬時に思ったことが返ってくる、打てば響くような感性があるのだ。きっと希美子は、ひとりの人間では成し得ない両面を二人から得ているのだ。そして今までの心地よさを、もっと大きな心地よさに進展させたい、そう強く願った結果、kissがしたい・・・。そんな風に流れてしまったのだった。
 ずっと彼らとのことを意識していたわけではない。涼しい風に吹かれ、あの瞬間フイにでてしまった言葉なのである。そして本当に素直にそう感じたのだった。ただイッサのことが気になった。あの時、私は背中でケイの様子を感じながら、イッサを見ようとしていた。なのにイッサは、寝そべりながら私と目をあわそうとはしなかった。避けたのである。イッサからの気持ちは私の勘違いだったのだ、そう思う希美子だった。イッサは私のことなど、なんとも思っていなかった。でもケイは、私の見つめる目を受けとめてくれたのだ。
ケイのkiss・・・
あれは何だったのか?
ケイはその後、何も言ってこない。
何かがすれ違っている。

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