ゲームの終わり〔4〕

イッサは、明日で無事終演を迎える。満足感にみたされ、益々精進せねばと心した。ケイに抜け駆けで、今夜も希美子とデートにでかける約束のイッサは、ワクワクした気持ちで待っていた。


丁度の時間になって希美子がやってきた。そして精一杯がんばった店に連れていく。
「イッサ、無理しなくていいのよ。」
希美子がいうと、
「この店、安くて上手くて結構おしゃれなの。」 
イッサがサラリと言った。
「デートみたいだねーー。」
希美子は、からかってヘンないい方した。
「ホンマやー。」
使えないヘンな大阪弁で返してくるイッサ。ケイとは、こんな会話は絶対にできそうもないと、希美子は思った。私は、この人といるのがいいのだろうか・・・。そう思うと、あの時イッサとkissしたのだったら、今の私達は違っていたのだろうか。そんなことを思ってしまう。
「お酒、ちょうだい!冷たいやつ。」
希美子がいうと、
「暑いしな。冷たいので行こうか。」
イッサが、冷酒を注文してくれた。
冷酒といっても、居酒屋とは全然に違う、おしゃれなボトルに入ってきた。
「わぁ、可愛い。」
自然に言葉がでてきた。イッサはテーブルに肱をついてリラックスし、芝居のことを話している。希美子も、久しぶりにとても良い時間が過ぎた。しかし11時にもなり、もうお開きという気持ちになると、だんだんとイッサと別れたくない・・・そんな気持ちに捕らわれてきた。流されては、だめなんだよという、ケイの言葉はもう遠くなっていた。
「イッサ。」
囁くような弱々しい声でやっとイッサを呼んだ。イッサは希美子の顔を見て
「俺んち、すぐ近くだから来るか。」
と、優しい趣で言った。
「うん。」
希美子は、明るくうなづいた。
 イッサのマンションは、コンクリートの殺風景な建物だった。この3階にイッサは住んでいるが、事務所が多く夜は寂しい感じがした。イッサにとっては、その方が夜にも練習ができる好条件の住まいだそうだ。部屋は、思ったとおり雑誌や服が散らかっている。部屋はひとつしかない。希美子はベッドの隅に腰をかけ、
「お部屋、窮屈じゃない?」
と声をかけた。飲み物をもってやってきたイッサは
「二人で住むには狭いだろうけど?」
と、寒いジョークを言った。少し間があいて
「kissしようか?」
 イッサがサラリと言った。あの時の逆だ。希美子は少し黙り込み、そして静かに
「いいよ。」
と言った。でも、どうしてもイッサの方を見れない。心はイッサにあるのに、イッサの顔が見れない。イッサの気持ちがわかった気がした。イッサの顔が近づき、距離が近くなってくるのを感じた。うつむいていた希美子も恐る恐るにイッサのいる方を見た。するとイッサの手がスローモーションのように頬に伸びてくるのが見えた。そのまま目を閉じると、イッサの優しい唇が静かに触れた。希美子は、何も分からなくなりそうでイッサにしがみついた。そして
「イッサ、抱いて。」
 吐息のような声が、自然に口からこぼれていた。
「希美子。」
イッサが自分の名を呼ぶのが遠くから聞こえた。二人は、そのまま静かにベッドに沈んでいった。
「イッサ。」
彼の名前を呼びたくて、希美子は何度も彼の名前を呼んだ。
 イッサの胸はこんなに広かったろうか・・・それと同時に、少しの後悔が自分の中に芽生えたような気がした。希美子は起きあがり、自分の気持ちを静かに考えていた。すると後から
「なぁ、いっしょに暮らさないか。」
イッサの声がした。

希美子にしては、珍しく考え続けていた。イッサに感じた安らぎと愛おしさは、ケイに感じた安らぎと愛おしさに何ら変わりのないように希美子は感じたのだ。いったいどういうことなのか。イッサへの気持ちが本当でないというのなら、ナンなのだろう。
 カノエが電話にでた。
「私、希美子。ねえ、カノエはどうして恋することをやめたの?最後の恋って何?」
ぶしつけに聞いた。
「どうしたの急に。」
軽く聞き返してきた。うつろな気持ちを整理しながら、思い切ったように
「イッサと寝た。」
そう言って黙った。カノエは驚きを押さえてこう言った。
「・・・で、どうだった?」
希美子は、
「幸せだったよ。すごく・・・。でも何か違うの。」
少し考えるようにして
「イッサに一緒に暮らそうって言われたの。」
とポツリと言った。カノエは、イッサの気持ちを察した。そして
「・・・で、希美子はどうなの?幸せだったんでしょ!それって、すごく大事だよ。」
勧めるように言った。しかし希美子は、夢から覚めたような空虚な気持ちに襲われていたのである。

希美子の話しを聞いて、カノエは思い出していた。開けないで済んだ昔のノートの中の一説を。
”みんなは 私を 選んでくれる。
 でも 私は 何も 選ばなかった” 
そんな短い走り書きのような文句。あの頃、たくさんの人に囲まれて、飽きないで、新鮮で、ドキドキできて、次々に恋をして・・・でも、どの恋も次なる恋の橋渡しでしかなかった。もちろん、そのころは気づいていなかった。だから、楽しかったのだ。でも、どこかに空虚な部分があることに気づき始めていた頃だ。どんな男も何かものたりなかった。決めてがなかったのだ。それは、簡単にいうと恋から愛に変化させることができなかったのだ。幸せでも、その後にはすぐに寂しくなった。悲しくても、電話をすれば楽しくなった。単純な恋する遊び、もてはやされる楽しみだったのだ。カノエは今では、そう思っている。だからこそ最後の恋を探しているのだ。

イッサ達の公演は盛況で、二回目の舞台、三回目の舞台となるうちに、楽屋裏の出口には、イッサを待つ若い女の子達ができていた。
「がんばってくださーい。」「イッサさんだ。」
銘々にイッサに駆け寄ってくる。カノエの思ったとおり、イッサには人を引きつける何かがあるようだ。
イッサは戸惑いながらも、舞台に手応えを感じていた。今まで以上に、どんどん芝居に惹かれていくのだった。もっと、もっと経験したい。次第にイッサは、芝居にのめりこんで行った。
 そんな移動の車の中。ふと先輩からカノエの話しがでる。
「そういや、イッサ、カノエと知り合いだっていってたな。」
一人の先輩俳優がイッサに話しかけた。
「カノエさんを、ご存じなんですか?」
イッサが尋ねると
「昔、いっしょに芝居してたんだが・・懐かしいなぁ・・・。」
そう言ってから、
「イッサ、気をつけろよぉ。あの女にだけは近づき過ぎるな。後で泣くことになるからな。」
そう意味深に付け足した。
「えっ、どうしてですか?」
イッサが聞くと、先輩俳優の広瀬氏は、
「だから、そういうことだよ。」
と言うだけだった。いったいカノエさんが、どうだというのか・・・・。

ある夜、カノエは夕食をおえて、TVを見ていた。
何気なくつけていたTVは、刑務所内の様子を取材した番組だった。主に窃盗や覚醒剤という刑期の短い人たちの刑務所で、音楽を通して、自分の過去を振り返ったり、家族への思いを再確認するのだ。銘々が思い出の曲を聴きながら、年老いた母や
恋人を思いだし涙して反省している、その映像がカノエの心を打った。カノエは何度もこらえきれずに涙を流した。涙もろくなったな・・・私も・・・。
 カノエは刑務所という映像から、思わずあることを連想した。『私は刑務所にいるのと同じだ。私は過去の罪のため、自分を刑務所にいれたのだ・・・』そう思った。カノエにとって最後の恋は、外に出られない人達が、希望を胸にがんばっていることと似ている。希望を失っては、生きていくことはできないのだが、果てしない・・・・期限のない希望だった。私は自分を終身刑にしたのかもしれない。そして看守のように、日々、自分の罪を再確認させ、生きるのだと促す。逃げてはいけないのだと促す。そうでは、なかったか?それは単なるセンチメンタルな推測だとは思えない、何かが含まれているとカノエは思った。
 カノエには好きなアーティストがいる。唯一、カノエはコンサートの感想やファンレターを書くことで自分を立て直していた。誰にもいえない気持ちをその中にしたためていた。けれど、そんな読むとも読まぬともわからぬファンレターでさえも、自分の本当の気持ちを悟られないように配慮し、曲にあわせた感想にしてサラリと書くのだった。そしてカノエはファンレターを事務的に済ませるようにしていた。宛名は仕事に使っているネームシールだ。決して直筆では書かない。それはタレントという存在にたいしても、一つの壁を築こうとするカノエの気持ちの現れだった。しかし、それによりネームシールにあるホームページの経歴や写真を見た上で、会いたいことを示唆してくる者などもいた。益々、カノエは、自分の理想とする人が遠いと感じるようになったのである。
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