ゲームの終わり〔5〕

【登場人物】
主人公・希美子(奔放で無邪気なOL)
カノエ(シッカリ者のIT事業経営者)
イッサ(俳優養成所に通う茶髪で軽快な青年) 
ケイ(実家は建設会社を営む無口で黒髪の青年、建設作業員)

ケイのアパートには、ビール持参のイッサが訪れていた。といっても特別なことではない。月末の給料日まえに、ケイのアパートで飲むのはよくあることだ。


話すことはたくさん有る。ケイはそろそろ家の仕事に就いてもよいかと考えていたし、3年続いた今の生活から、実家へと帰る時期が見えかけていたのだ。父母は、十分に納得できるまでに自分を解放してくれていた。
「来年には家へ戻ろうと思うんだ。」
イッサに話した。
「そうか、随分、やったもんな。この暮らし。」
イッサも十分だと思えた。しばらく、そんなことを話しイッサが希美子のことにふれた。
「俺、あれから何回か希美子と会った。」
重い空気を少し感じながら、互いに話し出した。
「希美子とお前は、いずれ歯車があうんじゃないかと思ってたよ。」
ケイがいつもどおりの口調で言った。口数少なくケイが黙ると、イッサは
「正直、俺、希美子がすきだ。」
と、少し間をおき、
「ケイもだろ。」
と軽く、尋ねるというよりも知っているかのように言った。
「でも俺、希美子にいっしょに暮らさないかと言ったんだ。」
イッサは素直に自分の気持ちを話した。ケイは
「いつかは、こうなることだったんだよ。」
そう言いながら、ケイはイッサと希美子の進展を悟った。そして
「気にするな。」
とイッサに言った。
「いや違うんだよ。あいつ最近、元気がないんだ。」
困惑するイッサが言った。
 ケイも希美子とのことを思いだしていた。理屈じゃないという希美子の言葉の意味を。
「恋愛は理屈じゃない、って思うか?俺は後先を考えないと進めないな。」
ケイが言った。
「でも後先ばかり考えてたら、進めないってことあるぞ。」
イッサも言った。
「ケイのようにしっかりと考える奴ばっかじゃないと思うよ。」
そして自分もそうかもしれないと、イッサは思った。希美子がすきだ、その気持ちだけで前進したのである。そして希美子の気持ちを確認できたと思った。だから、いっしょに暮らさないかと話したのだが、間違いだったのか?
 ケイが冷蔵庫から新しいビールを取ってきてイッサにも渡した。
「なぁ、イッサ。」
ケイが口を開いた。
「これはお前の問題じゃなく、希美子の問題なんだと思う。お前は自分の気持ちを確認できてればいいんじゃないのか・・・焦らないほうがいい。」
それから二人は、仕事の話しなどもして、イッサは11時を過ぎてからケイの家を出た。イッサは、苦しい立場のケイに相談のごとき内容を話している自分が不甲斐ない。そう思った。自分には夢がある。今はそれだけを頑張るのも良いかもしれない。そう思い始めていた。
 ケイはイッサに言ったように、本当にいつかは希美子とイッサが付き合うことになるだろうと考えていた。あの二人の様子は誰から見ても、仲の良い友人以上にいずれは進展するだろうと思えるものだった。自分は、希美子に憧れていたようなもの。明るい無邪気な希美子に安らぎを覚えていた。いつも希美子が話していることが楽しかった。それに答えていくのがゲームのようだった。だから、あのKissまでは、希美子とそんなことが起ころうとは思いもしなかったのだ。自分で思った以上に心が揺れて、どうしようもなかったのが正直なところだ。しかし自分は希美子に応えることもできず、結局、自分の考えを貫いてしまった。自分はそういう不器用な男だと改めて思った。しかし自分の道を進む時期にも来ている。これから環境がどんどんと変わっていくのだ。希美子とのことも良い思い出になって行くだろう。ケイは新しい方向を見つめようと努力していた。

希美子はかつてない空虚感を一掃できずにいた。幸せになりたくて・・・、彼らとの関係を進展させたくて・・・。そうすることが自分の幸せの一歩になるように感じて、希美子なりに歩んだのだったが、彼らとの関係が想像から現実になるにつれ、こじれていくのだった。カノエがいったように、彼らと別々に出会えていたら、本当の恋につながったのだろうか。答えを探そうと本気になっていた。いつもなら気晴らしに走る方なのだが、今回はそれではダメなように感じた。ケイの
「流されてはダメなんだよ。」
という言葉が、いつも思い出された。ケイは、確かあの最後の夜に
「私のためにも、その方がいいと思った。」
とそう言ったが、今まで気にもかけなかった色々なことが、気になり始めてきた。
 イッサとのことは本当に幸せだった。なのに、いっしょに住むのは違う・・・それは、どういう気持ちなのか?好きではないということか?自分の気持ちが確認できない。ケイは、私のことが好きなのに、流されないという。何故なのか?好きというのなら、何をしても流されるという意味にならないのではないのか?希美子はいろいろと自問自答した。私もケイが好き。でもイッサとどちらが好きだとは言えない。言えないのだ!いったい、どうしたら良いのだろう。希美子の自問自答は、簡単に答えがでそうになかった。

カノエは、もうこうして何年もの間、仕事に追われる毎日をすごしていた。競争の激しくなる中で、ますます追われていく。ほとんど休めない苦しい日々だ。今朝もサーバに支障がでたようで、お得意様から緊急の電話があった。いつもいつも気になる仕事が山積みである。まだ安定していられる状態ではない。油断をすると何もかも衰退してしまうのだ。差し迫って考えることは仕事のことでいっぱいだった。
 最後の恋・・・それは、夢のような現実である。けれど、なぜカノエがそんなに頑張るのか、その理由は結局、最後の恋になるのだった。仕事に生きているわけでも、成功を求めているわけでもない。この道のエキスパートとしての地位や収入などは、どうでも良いことだった。ただ、最後の恋は遠い遠い夢だから、そのために、 そんな自分が、昔と違う道を進むために、どうしても生活基盤を必要とするのだ。自立なしには未来はない!すべては自分の夢である最後の恋のためであった。最後の恋の為に仕事を成功させなければいけないのだ。
 しかしそれが返って、彼女の女の部分を奪っているようだった。彼女は自分の女の部分がしだいになくなっているのを感じた。実際に、彼女には最近、強烈なオーラのようなものが出てきている。彼女と共にしている者はみな、彼女の強さを恐れているようだ。グチることもない、泣くこともない、そんな彼女は、自分たち男よりもはるかに強いと感じられたのだ。
 イッサも、そのように感じていた。悩みを聞いてもらったり、いつも助力になってくれる存在であった。希美子にしてもそうである。ことあるごとにカノエのアドバイスで、どれだけ自分を見いだせたかしれない。カノエは心情と反省を誰にも明かしたことがなかったのだ。

後輩イッサに忠告した俳優、広瀬たかしはカノエの旧友であった。かつてはカノエに夢中になった時期もあり、今となっては良い思い出なのである。しかしイッサにした忠告は強ち冗談ではなかった。たくさんの恋を経験するのは俳優にとっては財産でもあるが、カノエが近くにいるというのが心配だったのは事実だ。
彼女の聡明さと薄弱さとが共存している性格は、男の関心をそそる。イッサは可愛い後輩なのである。

「私は自分の気持ちに従って行動するの!常識を超えてたって、それが生きる姿勢よ。」
目に余る恋人カノエの行動に対して、広瀬が言った当然の言葉に、こう言い放ったかつてのカノエ。広瀬は、今のイッサが見ているカノエなど、想像できようもなかった。そしてイッサも広瀬の忠告の意味など理解できようがなかった。

そんな3人が顔を合わせたのは、偶然だった。イッサが広瀬たかしと歩いていた時だ。この道はイッサ達が使う劇場の近くなのだ。
「あっ、カノエさん!」
イッサの声にカノエが気づいた。イッサを見て、二人連れであるイッサの横に目を見やったカノエは、すぐに広瀬であることに気づいた。カノエは、ほんの少し広瀬に会釈した。しかしそれは、友人の知人に初めて出会った場合にする会釈のようだった。イッサは
「カノエさん、広瀬先輩をご存知なんですよね?」
と軽く聞いた。カノエが
「ええ。」
というのと同時に、広瀬が
「旧友と言うのでしょうか。」
と横から遮るように話した。 広瀬は、そのときに思い立った。イッサとの様子を見てみるのも良いかもしれないと。広瀬は
「せっかくだからメシでも食おうよ。」
と積極的にカノエを誘った。イッサも是非にと誘ってくる。カノエもイッサは遠慮なく話せる子だし、久しぶりに劇団の人々と話をするという自分に、前向きな気持ちになれた。3人は、近くにある劇団のものがよく出入りする居酒屋に入った。 ビールを注文し、イッサが先輩とカノエに注いだ。カノエは
「はい!じゃあ、イッサくんも。」
とイッサに注いであげた。そんな様子を見ていて、広瀬には内心ヤバイという気持ちが浮かんでいた。話題は、最近の芝居のようすなどから発展して、広瀬が十分に劇団の顔になっているという話しにまで及んだ。ほとんどアルコールを飲まないカノエだが、今日はそこそこに進めている。芝居というものの魅力を、忘れきっていないカノエには、良き気分転換になりそうだった。
イッサは
「カノエさん、いつもはあまりお酒は飲みませんよね。僕、飲めないのかとおもってたんですけど・・。」
そういうイッサの話を遮り、
「飲めるよーーー。」
と、広瀬がいかにも大量に・・・という感じで割って入った。カノエは嫌味ではなく少し楽しく感じていた。
「余りお酒はよくないから・・・。」
とカノエはサラリと言った。
「そうっすか?楽しいじゃないっすか。」
イッサは言った。続けて
「そうだ。先輩がカノエさんに気をつけろ!って言うんですよ。」
といって広瀬をチラリと見やった。
「まっ、彼女は魅力的だっていう意味さ!」
広瀬が言った後に、
「わかんなくっていいのよ。イッサくん。この人の言う事なんて。」
カノエは軽い調子で言った。まるで友人に戻ったように楽しい様子だ。
「そのイッサくんっていう甘い声っていうの?それだって、もう危険だと俺は思うな。」
広瀬の突っ込みに
「そんなわけないでしょ。」
カノエはイッサに同調を求めるように笑みを送った。それを見た広瀬は、かつてのカノエの面影を見ていたのだ。
「わからないぞうー。帰りに、酔ったとかなんとか言ってイッサを食おうって思ってんじゃないの?」
広瀬はとうとう本音を思い切り皮肉って言った。
酔いも覚めた顔で
「それ本気でいってるでょ。」
とカノエが広瀬に冷静な感じで返すと、広瀬は追い討ちをかけるように
「ほんと?イッサに、寂しい・・・なんて思わせぶりに電話するんじゃないだろうね。」
と、またクギを刺した。カノエは
「するかもね!」
と、言葉と裏腹にキッパリとした口調で言い、イッサの顔も見ずに席を立った。イッサは、
「先輩!」
と困った調子で言った。広瀬は又、
「これでいいんだよ。」
と、納得したように言った。カノエの言葉通りに受けとっていた広瀬は、イッサのためにひとつのことが出来たように思えた。

カノエの気持ちはドン底だった。かつての旧友と芝居の話しに参加できる・・・そんな未練がこんな悲しい形になった。自分が哀しかった。家についたカノエは我慢できずに泣いた。急にいままで貯めてきた悲しみがこみ上げて来た。そんな時、電話がなった。イッサからかもしれない。カノエは出たくなかった。案の定、
「カノエさん、どうもすみませんでした。」
イッサの声がした。カノエは話したくなかったが、こみ上げるように言葉がスラスラと口をついて出た。
「いいの。本当のことだから。そのうちにイッサを何とかしようとしてたもの。」
心にもなかったことだ。イッサは嘘だと思った。
「カノエさん見てたらわかりますよ。なんでそんなこと言うんっすか?気にしないで下さいよ!広瀬さん酔ってただけですから・・・。」
イッサは言った。カノエは
「そうじゃないのよ、イッサ。私はそんな女なの。ごめんね。」
泣きそうになったのでカノエは電話を切った。また涙が押し寄せてきた。過去の行いは変えられないのだ。

人はみんな、反省や過去の教訓によって成長し、自分を少しずつ変えていく。しかしカノエのように元々感受性の強い人格は、それが極端に現れるのかもしれない。自分の過去に反省と嫌悪を感じる彼女は、完全に過去の生活を変えていた。自分のよくない気性を引き出すものだとして、アルコールやコーヒーなどの嗜好品、感情的に作用するという肉食、そしてひとりで何でも越えられるようにと、すべての男の電話番号を消した。いけないことだった、そう判断したことは、今後は二度と繰り返してはいけないのだ。広瀬の言ったとおり、寂しいと電話もした。悲しくて甘えた。それが自分の人生の敗因なのだと悔いたのだ。彼女の日記のあるページには、彼女の強い決意が書いてあった。それを見ては崩れそうになる自分に耐えているのだ。

”私の強い精神は 壊れてしまわない
意識 確かなまま 強く 強く・・・ もっと もっと 強く・・・

私は もう すべて わかってしまったのだ
あとは 強まるしかないと・・・
この 私の 自由意志によって・・・
それが わかり過ぎてるのだ

逃げない
偽りの愛にも 恋にも お酒にも 
もう 逃げられない
正しき道しか 歩めない・・・
神の子となった今は
全力で 平和と 調和を心して—”

奔放に送っていた生活から、たった一人で誰にも頼らない生活へ。でも、何も変わりはしないのだ。緊張の糸が途切れて、涙が次から次へとあふれた。過去のつぐないなど出来ないのだ。
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