ゲームの終わり〔8〕

イッサは例により、ケイのアパートを訪れている。プロ野球も終盤をむかえ、熱気と一抹の寂しさを漂わせていた。


そんなTVをつけたまま、少し早い帰宅をした二人は、コンビニ惣菜をアテにビールを飲んでいる。珍しく二人は、飲み明かす・・といったような勢いで、そして楽しそうに飲んでいる。
「もう、俺達も26歳になるんだな。」
 イッサの問いかけに、
「そうだな。あっという間だった気がするよ。」
 そう言って、ケイが懐かしそうな目をした。
「もう親父になった奴いるんだろうな。」
 ケイが言った。イッサは
「親父か・・・。」
 そう言って自分に起きていることも話しだした。希美子とは破局を向かえたとか、特別に別れ話はなかったこと。そしてカノエへの気持ちを・・・。それは、今までの恋とは少し違って、一時の感情というのではなく、『この人が自分の待っていた人だ』と、感じたことや、どこか将来的な目でみている自分を・・・。

ケイは驚いた。
「カノエさん?」
小さく言った。
希美子の気持ちも聞いたケイだから、お互いに良かったとは思えるのだが・・・。
そしてケイの驚きを見て取ったイッサが突っ込んだ。
「ケイ。露骨に、驚いたリアクションしてるぞ!」
 イッサは冗談めかしに、そう言ったが、ケイは真面目に
「ごめん。まじ驚いた。」
 そう生真面目に謝った。イッサは、先輩の広瀬氏といっしょに飲みに行った日の出来事や、カノエが田舎に帰る日の偶然の出会いについて話した。そして
「あの人、ホントは、すごく可愛い女性(ひと)なんだよ。真直ぐな・・・。」
 ビールを置き、少し遠くを見るような目をしてイッサが言った。すると、ケイは
「マジなんだな。」
 そう確認するようにつぶやいた。
「でも、見ようによっちゃいい加減だよな、俺。希美子にふられた後に、その友達なんてさ。あっちがダメならこっち・・・そういうんじゃないんだ。」
 イッサは、独り言のように言った。そして希美子の反応も気になった。希美子は、わかってくれるだろうか。
 ケイは、そんなことよりもカノエのことが気になった。疲れて田舎に帰ることにしたのだという。きっと先輩俳優との仲違いだけではない、苦しい心中があるに違いない。でなければ、責任感の強いカノエさんが、賢明に頑張ってきた仕事までも置いていくとは考え辛い。
「それで、カノエさんは、いつ戻ってくるの?」
 冷えたビールを口に運びつつ聞くと、一週間は、ゆっくりしてくるのではないかという答えだった。

 希美子は楽な気持ちで毎日を過ごすようになっていた。極端に恋に偏らない生活。英語の勉強もきちんと続けている。今までの自分は「周囲の誰かに幸せにしてもらうことが、幸せになることだ」と思っていたから、それを探していたのだと思った。しかし今は不思議と幸せでもあるのだ。好きな勉強をして、会社帰りには同僚と遊ぶ。そんな彼氏のいない状況でも寂しくはない。希美子にしてみれば今迄、彼氏のいない人は寂しくて可愛そうだと感じていたのに・・・。でも決してそうではない。幸せとは不思議なものだと感じる此の頃であった。
 落ち付いた生活の中で、恋について考えて見ると、恋の見え方も変わってきたように思う。以前は、ドキドキすることが必要だった。自分をドキドキさせて欲しかったのかもしれない。でもケイの説く話しで
「この人のものになっていいのか。しばらくはこの人だけのものになっていいのか。この人を選ぶのか。」
いつも、これに誰かを当てはめてみるのだった。
 彼氏のいないことを飲み会で公表してから、何人かの人に誘われたが、希美子は食事にさえ出かけなかった。考えられないことだろうと思う。今までは、一度くらい試してみないと分からないと、まずは出かけてみた。でも今は、最初から違うということが、わかる気がするのである。そして問うほどに、いつも希美子の中でケイだけはYesで残るのだ。ケイとなら結婚して暮らしてもよい・・・そう思えてしまう。心は、落ち付いている。
 希美子は、しばらくの間、そんな日々を過ごしながら、今日、発見について話したいと再びケイに連絡をした。ケイは、今度はデッキ近くの海辺に出てきてくれた。ケイは先日、希美子の考え方の変化を聞いたこともあり、今度は警戒している様子や遠慮している様子もなく、今までにないほど自然な感じを受けた。希美子は言い出しにくかったが、話した。
「ケイ、怒らずにきいてね。私、ケイなら後先の事を考えた結果がすべてYESなの。」
そう言ってケイの顔を見た。ケイは、意外な話に驚いた様子だった。でも優しい声で
「俺に決めてもいいの?俺だけのものになるの?」
そう尋ねた。希美子は
「ケイが許してくれるなら・・・。」
そう自分の気持ちを素直に言った。しばらく黙って、ケイは
「俺はずっと希美子を見てきたんだ。知ってたろ?」
そう言って、希美子の肩を抱き寄せた。希美子はケイの肩にもたれ、とても幸せに感じたのだった。
 今までの私は何だったのだろう。進展したくて進展したくて、ナンでもかんでも進展したかった。いつも気持ちに空白があったのだ。希美子は言った。
「今までの私ってなんだったんだろう、ケイ。ケイならいつも側にいたのに・・・。あの時はケイをもっと知りたくて、なぜ求めてくれないのかって・・・悲しくて・・・。でも今はこんなに幸せ。」
希美子の言葉にケイは
「俺、今、求めてるんだけど・・・。」
そう冗談ぽく言って、軽くkissをした。希美子は、ケイのそのような冗談を聞くのが初めてで、楽しかった。ケイは
「流されるのもいいか・・・」
希美子のほうを見て言った。嬉しそうに、うなづく希美子。
「帰ろう。」
ケイは希美子の手を取り、当たり前にように自分のアパートに帰って行った。

あれからどうしているだろう。皆のことを考えながら、カノエはぼんやりとする毎日を過ごしてきた。思えば、もう皆から遠い。自分は、もう田舎の人間に戻っている。携帯の電源はもう、しばらくの間、切ったままだ。追われたくない。両親の畑を手伝い、小さなインターネットのモールだけで、少しの収入を得ている。
 カノエの実家から海は望めないが、海はすぐ近くにあり、帰ってきてからは時々、散歩するようになった。今までは、田舎が嫌で、取りたてて海にいくこともなかったが、季節の表情がある海を身近に感じるようになったカノエである。イッサとの約束を、忘れたのではない。必ず帰ると約束して、東京を出たのだった。イッサが愛しいと思ったからだ。イッサとの恋を育んで行きたいと、素直に思った。でも、考える時間がカノエを変えていた。
 自分は、もう目標がない女だ。最後の恋のために培ってきた仕事にも疲れた。もう、あのガムシャラな自分には戻れない。もう、自分にはできないことだ。自分は都会で暮らしていく力を失った。再び東京に戻って、自分は何をして暮らしていけるというのか?いくら問いかけても、答えは出なかった。自分は、ここで暮らして行く他ないのだ。そう感じ初めていた。
 東京では、今、自分が見ているこの満面の星空が見えることもなく、イッサと同じ空を共有することもできないとは・・・。そう思うと、携帯を手にイッサに電話をしようとするが、会いたくて急いで戻ったところで、自分には暮らせない町なのだ。そういう思いで無理やり眠りにつく日々が過ぎていく。
 そんなカノエのパソコンに、希美子からメールが届いた。メールには携帯が通じないとの怒りの顔文字が共に打たれていて、希美子の近況が延々と書き綴ってあった。希美子は、自分の答えがケイであったことを知らせた。ケイに夢中であることが、誰からもわかるかのように、幸せで元気そうだった。希美子らしく、ケイと結ばれたときのようすが、ロマンチックに書かれていた。あの海辺での告白のことである。そして、ずっとずっと彼の側にいたいのだという。
「そうか・・・。ケイくんか・・・。」
 カノエは、安心したように呟いた。自分は、イッサとのことは、まだ誰にも話していない。あの朝、田舎へと帰る列車の景色を見ながら、彼が遠くなっていくのを感じたからだ。それは、戻ると約束をしたものの、彼から離れるセンチメンタルな気持ちなのかと思っていたが、そのさよならが、この五日間、田舎で過ごすにつれ真実に思えてきた。希美子に打ち明けるには、自分の気持ちがもっと確実にならなければ・・・。カノエは、電波の調子が悪いようだという言い訳と共に、またメールをちょーだいねという返事を返した。

その頃、イッサも希美子同様にカノエに連絡が取れないことにヤキモキしていた。希美子に聞いてみようかと迷いながらも1週間が過ぎた。もう、そろそろ帰ってくる予定を聞こうとも思うのに、どうしたものかと考える日々。その日くらいは、記念日にしたいではないか!カノエの気持ちが変わったことなど、知る由もなかった。

イッサは、しばらく忙しいというケイとも、ゆっくり話すことができていない。だから希美子とケイに、まさかの進展があったとは、知らないままである。
希美子は、あれから度々、週末はケイのアパートで過ごしている。料理もこれと言って自慢はないのだが、ケイはとても喜んでくれ幸せなのである。何よりもケイと二人きりで過ごすようになって、ケイは今までの希美子の印象とはうってかわり、とても面白い。大げさなジョークは言わないが、彼の内面には計り知れない、自分を楽しませる力があるようだった。希美子のつくった肉じゃがをつまみ、ビールを飲むケイ。二人は、あつあつの新婚のように過ごしていた。
 そんな所に、イッサからの久しぶりの電話が入った。ケイは、出てこないかというイッサに、自分のアパートで飲むことを提案した。イッサも、それではと差し入れをコンビニで買い込んで向かった。ドアをあけ
「おっす!」
 と言った、その時に希美子の顔が見えてイッサは驚いた。
「おう。まぁ、上がれよ。話しもあって、俺のアパートにしたんだ。」
 ケイの言葉に、うなずいたものの、イッサは驚いたままだ。
「あ、これ。」
 イッサが、コンビニの袋をケイに差し出した。希美子が、それを当たり前に受け取ってニコリとイッサに微笑みかけた。イッサは、しばらく呆然とし、そして合点がいったのか
「もうーーー。ナンなんだよ、おめぇは!」
 と希美子に緊張がとけたかのように突っ込み、リラックスしていつもの場所に座った。
「そういうことか・・・。もういいぞ。」
 わかったと言わんばかりに言った。ビールと、イッサの差し入れを盛りつけた器を持ってきた希美子が、
「へっへっへっ。」
 と、昔とかわらぬご愛嬌で笑った。イッサも希美子への未練がないせいもあり、三人は以前のような雰囲気にもどっていた。本当に不思議な瞬間だった。
「そういやお前、俺にも、さりげなくケイのこと聞いてたよな。」
 イッサが希美子に突っ込むと、
「そんなんじゃ、ないよぉ。」
 と希美子はフクレ顔で言ったが、ケイが
「そんなんじゃないの?」
 と優しく言うと、愛嬌たっぷりに希美子は
「ううん。そんなんじゃある・・・。」
 と甘えた声で言う。ケイとのコンビネーションもすっかりと出来あっがている。
「お前達、本当にすごくお似合いだよ。」
 イッサが心から言った。すると何も知らない希美子は、いつもの調子で
「イッサも早くいい人、見つけないとね!」
 と言った。ケイとイッサは、照れくさそうに目を合わせた。希美子は、その様子を見て
「うそ!イッサ、いい人出来たの?」
 と驚いて言った。
「なんだぁ。もう!私という者がありながら・・・。」
 と希美子らしい悪ふざけである。
イッサは、どうしようかな・・・といったそぶりを見せ、思い切ったように言った。
「今、すごく好きな人がいるんだ。」
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