ゲームの終わり〔9〕

【登場人物】
主人公・希美子(奔放で無邪気なOL)
カノエ(シッカリ者のIT事業経営者)
イッサ(俳優養成所に通う茶髪で軽快な青年) 
ケイ(実家は建設会社を営む無口で黒髪の青年、建設作業員)

イッサの告白に希美子は耳を疑った。
「えっ?カノエなの?」
意中の人とは、カノエのことだったのか。自分も人のことは言えないが、いやはやイッサもやるもんだ。
「でも、イッサの片思いじゃないの?カノエからは何も聞いてないよ。この間、メールが来たけどね。」


 こらっ!と子供をしかるようにケイがジェスチャーした。
「あっ、ごめん。今度、カノエに聞かなくっちゃ。めでたいことだもんね。年下嫌いだったから、言い辛いのかも・・・」
 希美子が、ご愛嬌で言った。しかしイッサは、少し暗い顔になり、
「俺、カノエさんの連絡先も知らないんだ。携帯も通じないし・・・。一週間くらいで戻ると約束したのに、それっきり・・・。少し心配になってる・・・。」
 イッサの言葉に、希美子は考えた。カノエのメールには、何も書いてなかったばかりか、自分にも連絡が全然なかったのだ。カノエは携帯の電波が悪いと言っていたが、本当だろうか・・・。連絡しようとすれば、自宅の電話からでも、いくらでも出来るではないか!
「ねぇ、イッサ、カノエからは、いつ連絡があったの?」
 希美子は尋ねた。するとイッサは、一度もないのだと答える。やはり、おかしい。希美子は、カノエが仕事のことでも悩んでいたことを話した。
「カノエは精神的にも、かなり疲れていたように思うの。田舎に帰ると言ったときも、永遠に消えてしまうのではないよね?って感じたほどなのよ。だから絶対に連絡ちょーだいねっ言ったのだけど、結局、携帯も通じずじまいでパソコンにメールを打ったの。そうしたら電波の調子が悪いとかって元気なメールをくれたけど・・・。イッサ、一度、パソコンにメールを打ってみたら?アドレス教えるから・・・。」
 そう言って希美子は、カノエのパソコンのアドレスを教えた。イッサもメールをするであろうが、希美子もカノエの本心を知りたいと強く思った。
 2時間ほど談笑して、イッサは帰った。二人の幸せそうな姿を見て、カノエにメールを打ちたいと恋しさが増すばかりの夜になった。

イッサは家に着くなり携帯電話を取り出し、カノエにメールを打ち始めた。
カノエ、元気にしているかな?そろそろ帰ってくるのだと思うけど・・・・
いや、違う。消去。
連絡がつかなくて寂しいよ。連絡をおくれ。
そう書いて送信した。もしかしたら丁度メールチェックをする時間かもしれない。そんな事を思いながら、じっと待つのだった。
 イッサは考えていた。希美子の時もそうだった。俺はなぜ気持ちが通じたと思う瞬間から、冷たくされてしまうのか。俺に問題があるのだろうか。この人のそばで、ずっといたい。本当にそう思える人に、やっと巡り会えたのに・・・。つかみかけた希望を放したくないと強く思った。イッサにとってカノエは、もう今までのように自然消滅もやむないとは思えない女性なのである。
 イッサは、間をつなごうと見たくもないテレビをつけて見た。そして携帯にメールが届かぬ間に、いつのまにか眠りに落ちていた。

一方、希美子もカノエに連絡を取らねばと強く感じていた。ケイから二人に起こった出来事を聞き、カノエの本心をどうであれ聞き、力になりたいと思ったのだ。ケイの部屋から、カノエにメールを打った。カノエにも新しい恋を手に入れてもらいたいのだ。いや。カノエの気持ちが変わったというのなら仕方がないが(自分にもあったことだから・・・)、とにかく連絡を取りたいのだ。イッサのことを聞いたことと、かならず自分の携帯に電話を入れてくれるようにとメールしてみた。

カノエからの返信は、翌朝すぐに来た。
「希美子、聞いたんだね。イッサとのこと・・・。午後にでも、携帯に電話をかけます。カノエ。」

その朝、二人からのメールを読んだカノエは、午後になりいつもの道を買い物に降りていた。スーパーマーケットでトマトとオリーブオイルを買い、海への道を歩いた。海岸の脇の遊歩道のベンチに腰掛け、しばらく海を見つめていた。そしてフーと深いため息をついたかと思うと、携帯電話を取り出した。そして電話をかけはじめた。気持ちは思ったよりも、穏やかだ。

イッサが、携帯の着信音で目を覚ましたのは、もうお昼だった。それは待ちこがれたカノエからの電話ではないか。イッサは、はしゃいで電話にでた。
「もしもし?カノエ。」
 イッサは待ち遠しく聞いた。
「イッサ?メール読んだわ。連絡しないでごめんね。」
 カノエが言った。イッサは、
「迎えにいくよ。カノエがいる所まで・・・。そうさせてほしい。」
 そう言って頼んだ。カノエは、
「イッサの声が懐かしい。たった二週間なのにね。」
 そう言って優しく聞いた。
「今、芝居のほう、どう?順調に行ってる?」
 イッサは、そんなことは、どうでも良いと言わんばかりに、カノエに聞いた。
「いつ帰ってくるの?もう帰ってくるんでしょ?貴方といっしょに暮らしたいんだ。迎えにいくよ。」
 再度、そう言った。カノエは、ため息をつきそうになったが、それをこらえて
「ごめん。しばらく帰れない。体調が悪いの。帰るときには、連絡するから・・・」
 そんな嘘をついた。イッサも、それに気づいたように、
「俺はいつでも好きになった人に、去られる運命なのかな。だけど貴方だけは、離したくないんだ!俺の、どこが嫌いになったの?教えて。もどりたくないんでしょう。」
 そう尋ねた。カノエは、どうしても言葉にできなかった。自分は、もう都会で暮らせないのだ。この人のためだとしても、それでも、もう自分にそのような力が残っていないのだ。どうしても。どうしても・・・。
「またメールしてね。家は携帯は通じないと思うの。」
 そう言って、電話を切った。

その手で、希美子に電話を始めた。希美子は待ちかまえていたかのように、すぐに出た。
「もしもし?希美子?」
「カノエ?ケイ達から聞いたよ、イッサとのと。私にも連絡をしないなんて、もしかしたらやっぱりダメなんじゃないの?カノエは年下って嫌いだったから・・・。違う?」
 希美子は、カノエが答えやすいように、自分からすべてお膳立てしたつもりなのだ。しかしカノエは言った。
「私、恥ずかしいけど、イッサが大好きなんだ。イッサが逞しく見えるの。・・・でも、もう、そっちへ帰れないわ。」
 そんなことを言う。希美子は、どういう理由で帰れないのかを尋ねた。カノエは今まで自分の中に閉じこめて、気持ちを明かさないように努めてきたことを打ち明けた。
「帰ってくるときに言ったよね。疲れたって・・・。そして田舎に帰ってきて思ったの。もう自分は、ここの者だ。もう都会の暮らしには耐えられないって・・・。イッサのことも大切だから、そうしたいの。私には、もう何もできないよ。帰っても・・・」
 そう言った。希美子は、
「何も・・・とは、何のことを言ってるの?イッサにはカノエが必要なんだよ。そしてカノエもイッサが好き。なんとかなるよ。なんとかしようよ!」
 カノエを説得した。そして言った。
「カノエ、これは最後の恋じゃないの?次の恋を探すの?」
 カノエは、その言葉に声をつまらせそうになりながら、とにかくしばらくは帰れないと希美子にも言った。希美子はまた連絡することにした。これは、簡単にはいかないようだと希美子は思った。

希美子は、ことの成り行きをケイに話した。するとケイは、そうじゃないかと思っていた旨を話した。イッサから、田舎に帰った話を聞いて、果たして簡単に癒やされる疲れであろうか・・・と心配していたらしい。女性がひとりで仕事の切り盛りをしていくことは、並大抵ではない努力と疲労があったに違いない。希美子も、カノエは何でもできる人だと安心していたことを反省した。
「ねぇ、ケイ。何とかならないのぉ。」
 希美子は妙案がないものかとせかした。
 
とりあえず自分が話したことをイッサに伝えるため、ケイのアパートに呼んだ。そしてイッサもカノエと話せたことを知った。カノエは体調が悪いといっていたが、あれは嘘だとイッサは確信して話した。希美子はカノエの言葉として、カノエがイッサのことを最後の恋にしたかった・・・と話したことも伝えた。もう自分は都会の暮らしは無理なのだと話したことや、イッサのことが大切だから帰れないと話したことも伝えた。
 イッサは複雑な顔をして、
「俺が、いけないんだ。」
 悔しそうに言った。
「カノエを幸せにしてあげて!カノエの最後の恋なの、ずっと夢に見てきた。彼女、このためにだけ働いてきたのよ。そしてクタクタになって・・・。このまま身を引くなんてなしだよ。」
 希美子が感極まって泣き出しそうにいった。ケイがその肩を抱きしめる。

ケイは予定通りに、末には小さな引っ越しを終え、実家の部屋に戻った。考えれば、こんな広い部屋で子供の頃から過ごしていたのかと、改めて感じた。自分は希美子といっしょに住む小さな暖かい家が建てられればいいなと思った。希美子は、しばらくは落ち着かないでしょうからと連絡を控えてくれている。そんな希美子にきちんと毎日、連絡をするケイだった。
 ケイを見ていて、母親は、彼女を紹介してはと勧めてくれ、自宅に誘うことになった。どういう反応をするのかと心配していたら、希美子は単純に大喜びした。そうして結婚へと順調に駒を進めていく二人。気がかりは、イッサとカノエのことだけだ。ケイ達は、色々と考えた結果、10月にある熱海の花火大会なら、カノエの実家からも、そう遠くはない。さっそく二人は、カノエを呼び出すべく計画を動かし始めた。

イッサは、芝居を続けながらも頻繁にメールでカノエに連絡をするようになっている。しかしカノエからの返事は一日に一度程度のものだった。そんなことをしているうちに、イッサは、どうしてもカノエに会いたくなり、ある日、友人の車を借りた。カノエに会えるかはわからない。でも、いつか近場のビーチの話題が出たことがあり大まかな場所は知っている。イッサは、カノエの住む町に車を走らせた。まだ夜が明けたばかりというのに、止められない思いを抱いて・・・。
 カノエも、イッサからの愛のメールを読むにつれ、彼への思いはつのってきた。ただ、忘れないといけないのだと自分に言い聞かせてきたのだ。彼の重荷にならない為だ。
 カノエはいつものように買い物をすませて、海へと歩いた。お決まりの散歩コースである。コンビニの袋をユラユラと下げて、135号線を遊歩道へと横断しようとしていたのだが、信号は赤に変わった。別段、急ぐことでもない。ここの暮らしはそれでいいのだ。
 イッサは海沿いの道を延々と走り続けて、そして、そろそろカノエの住む町ではないかと思える所まで来ていた。どこかのドライブインにでも車を止め、カノエに連絡をとることも考えながら車を走らせている。そして横断歩道を通過したときに、カノエを認めたような気がして、左車線の歩道脇に急停車した。「カノエ!」息も止まりそうな気持ちで車から飛び出した。
 すると赤いスポーツカーから飛び出してきた男に、けげんそうな視線を送りながら信号を渡ってくる女性がひとりいた。イッサは、がっかりするよりも自分の思いこみを恥ずかしく思いながら、車に乗り込んだ。いくらなんでも、こんな偶然はないはずだよ。そう心で呟きながらドライブインで朝食をとろうと、また走り出した。慌てず、急がず、落ち着くようにと言い聞かせて・・・。信号が赤に変わり、車を止めてふと歩行者に目をやると、女が一人ゆっくりと海へと渡っていく。ひらひらと揺れるスカート。ハッとして気づくと、雰囲気こそ全く違うもののカノエ本人ではないか。イッサは、さっきの失敗を思い出し、一秒で再確認した。
 そうだ。夢にまで見たカノエに間違いない。カノエは海沿いを南に向かって歩いて行く。イッサは信号が青になるのを心待ちにして、後ろからカノエの歩く姿を眺めていた。夢のような気持ちで・・・。そして信号が変わるやいなやカノエを追い越し、脇に停車してドアを開けた。
 ド派手なスポーツカーから出現した男・・・それはイッサだった。カノエは驚いたが、満面の笑みでイッサに駆けよった。
「イッサ」
 カノエの口をついて出た最初の言葉だ。
「会いたかったよ。」
 イッサは、カノエの手を握りしめた。そしてイッサは、
「カノエのこんな姿を見たのは初めてだ。この方がずっと素敵だよ。」
 カノエのユラユラとした女らしい長いスカートを見たのは初めてだった。
「そうね。あちらじゃ、テキパキをイメージして選んでたから・・・。」
そう笑顔で答えた。心なしか、笑顔も優しかった。イッサ達は、遊歩道の公園へ進んだ。イッサは、しっかりと嬉しそうにカノエの手をとり握った。カノエの面影が、優しく消えてしまいそうにも思え、
「いっしょに帰ろう。お願い。」
 イッサは、頼んだ。カノエは、
「ごめん。帰りたいのよ。でも、どうしても体調が悪くて帰れそうにないの。ホントよ。」
 そう答えた。
「俺達は神様に応援されているよ。でないと、ここで会えるわけないよ。そう思わない?」
 イッサが言った。カノエも、この奇跡には驚いた。いつもは、午後になってから出かけるのだが、今日は何故だか出かけようと思ったのだから・・・。神様か・・・そうなのかもしれない。カノエもそう思った。
「今日はオフなんだ。これから俺と過ごしてくれるだろう。まさか予定なんてないはずだよね?」
 イッサは、そう尋ねた。カノエは、イッサのド派手な車で送ってもらうのは遠慮して、近くのファミレスで待ってもらうことにした。
「イッサは朝食まだでしょう?ここで食べててね。」
カノエは、そういって自宅に帰った。イッサはコーヒーを飲みながら、久しぶりのデートなのだ、こんなところで一人でブランチなんか取ってなるものかと、昼食をカノエと何処で取ろうか考え出した。そんな内にも、時間は経過しカノエがきた。カノエは、テーブルの前にいるイッサを思うだけで、気持ちが高ぶるのを感じた。自分はこれほどに、このイッサを思っているのかと驚いた。そして二人は海岸線にそって車を走らせた。暖かな陽ざしが射し込み、肌寒くなった季節が嘘のようだった。
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