ゲームの終わり〔3〕

【登場人物】
主人公・希美子(奔放で無邪気なOL)
カノエ(シッカリ者のIT事業経営者)
イッサ(俳優養成所に通う茶髪で軽快な青年) 
ケイ(実家は建設会社を営む無口で黒髪の青年、建設作業員)

夕暮れ時。
めいめいに「お疲れさん!」の言葉が飛び交っている。
「お疲れさまでした!」
ケイも頭をチョコンと下げ、家路に向おうとしていた。その向こうに希美子だった。
「お疲れさんっ」
希美子が笑顔で近づいてきた。
「どうした?」


ケイは驚きを隠しながら落ち付いて言った。
「うん・・・。」
うつむきがちに希美子は答えた。
いつものデッキから数十メートルの海辺に二人は歩いた。途中、希美子は、職場での面倒くさい上司の話しや、パソコンの調子が最悪であることなどを、明るく話して聞かせた。自動販売機でコーヒーを買ってきてケイが渡してくれた。
「ありがとう。」
精一杯にニコリとした。しばらく沈黙が続いて、希美子は切出した。
「ねぇ、ケイ。どうして電話くれなかったの?」
ケイはじっと黙ったまま、しばらく考えた様子で
「その方がいいと思ったから。」
と、静かに答えた。
「どうして?」
希美子は、軽い調子で明るく聞く。ケイは、じっと考えて、また静かに口を開いた。
「希美子は、俺を愛してるの?俺だけのものになるの?俺を選んだの?そう思えなかったから、電話しないほうが希美子にとっても良いと思った。流されてはダメなんだよ。」
強い口調のケイ。本当はあの時、希美子を連れて帰りたいと思った。そんな言葉を心に閉じ込めた。
「どうして?どうして流されてはいけないの!イッサがいるから?じゃあ、私はイッサとも流されてはいけないの!?」
ケイの言葉に泣きそうに言った。
「イッサと流されるなんて話をするなよ!」
哀願するように、ケイが言った。

 そんな時、ケイの携帯が鳴った。プルルル・・・プルルル・・・プルルル・・・3回鳴って電話を取った。着信はイッサとでている。
「もしもし。」
電話の向こうには、聞きなれたイッサの声があった。
「よお!ケイ、もう飯食った?今日バイト先で居酒屋の半額チケットもらったんだ。久々に希美子も誘って行こうか。」
「そうだな。俺、少し疲れてるんだ。また今度にするわ。」
「おう・・・そっか。お前最近、休みねぇもんな・・・。じゃあ又、電話するわ。」
そう言ってイッサは切った。
今度は、希美子の携帯が鳴る。イッサだ。
「もしもし?」
希美子が出る。
「希美子か?今日、居酒屋のチケットもらったんだ。ケイは調子よくねぇみたいなんで俺達で行こうぜ。」
ケイは、真直ぐ前の海を見つめている。
希美子は、チラリとケイの方を見て、
「うん。じゃあ30分後にいくね!」
と明るい声でそう言った。携帯を置いた希美子は、しばらくそこに座り、じっと黙っていた。ケイの気持ちがわからない。
「ケイは、私のこと好きじゃないんだ。理屈じゃないじゃん。」
希美子は走り去った。二人はこうして気持ちのすれ違いを修正することもなく、わかれることになった。

ヒョンなきっかけで、希美子と二人で飲むことに・・・。イッサは、上機嫌で次の講演に来てくれるようにと希美子を誘った。カノエも楽しみにしているという。当然、ケイも来るだろう。ほんのちょい役だと話しながらも、イッサの嬉しさが伝わる。イッサは、本当に役者さんになりたいのだな。希美子は思った。
「ケイは、将来、何になりたいのかなぁ。」
希美子の問いかけに
「あいつは親父が目標だから・・・。」
イッサが答えた。
「そうか、ケイのお父さんは建設会社の社長さんだったんだ。」
今更、思い出した。そんなことを全然におわさない勤労青年のケイだったのだ。
「でも、ケイってまじめすぎるよね。」
希美子が愚痴っぽく言うと
「ケイは得だよなぁーーー。無口でさ。」
イッサが、ぼやいた。
「それだけじゃないと思うけど!」
と希美子が突っ込むと
「俺だって、芝居とバイトの毎日だろ?すごく真面目ジャン!」
イッサが抵抗する。なるほど・・・考えればそうだ。妙に納得した。
突然に
「イッサは、好きな人とかいるの?」
軽い調子で聞いてみた。少し困ったように
「お前は、どうなんだよ。」
イッサが返す。希美子は素直に
「わかんないんだぁ~。」
軽くため息をつき
「カノエにこの前、聞かれたんだ。誰と幸せになりたいの?って。でも、わかんないんだ。」
では、ケイが言った何もなかったというのは、本当だったのだ。あれはあれでショックだったが、イッサは安心した。
「すいません。生おかわり!」
なんだか希望が湧いてきた。
「カノエさん彼氏とかは?年下はタイプじゃないみたいだけど・・・。」
イッサが聞く。
「彼氏募集中。でも、最後の本当の恋を探してるんだって。」
「ふーーーん。」
イッサは言った。
「俺、カノエさんは仕事に生きてるのかと思ってた。」
「でしょーー。」
希美子も、大きく相づちを打った。2杯目のビールを口にして、
「そういえばカノエさん、昔は芝居してたんだって?結構、名前が通ってたみたいで、先輩に知ってる人いたぞ。」
イッサが言った。
「そうだよ。メチャクチャお酒も強いんだよ!」
大きなアクションで希美子が言った。
「見てみたかったなぁ・・・。」
イッサがつぶやく。希美子は、頬が少しピンク色に染まりはじめた。
「希美子の夢は?」
イッサが尋ねた。しばらく考えて
「私は・・・大すきな人と結婚して幸せになる・・・。かなぁ。」
それくらいしかない。なんだか1人取り残されたような気持ちになった。しかしイッサは逆に、やはり自分には希美子しかいない。可愛いと思った。こうして初めて二人で過ごす。ケイには悪いが・・・希美子が本当に好きなのだと実感した。

「それはそれで、立派な夢だよ!」
カノエが言った。
「できそうでできない。どんなに成功した人だって、それがない人がたくさんいるんだよ!」
結婚して幸せになる。そんなことしか夢のない自分を卑下する希美子を説得する。それも、誰もが手に入れられるものではない大きな夢なのだ。その事に気づいている人は、どれくらいいるだろう。最近、強く感じるカノエだった。
 仕事でどれだけ外にでて、どれだけ交流関係が広がっても、愛する人ができない時はできない。もう、そんな苦しみを何年も背負って頑張っているのだ。希美子の夢が痛いほどわかった。いやカノエの方が強く求めているからかもしれない。ただ、それだけを願える希美子が、本当に素直で可愛いと思うカノエだった。イッサが思うのと同じように・・・。

今日はイッサの講演の日である。
劇場前のカフェで3人は待ち合わせた。カノエは、淡い水色のスーツ。ケイはTシャツ。希美子はサンドレスのような大きな赤い花の巻きスカート。カノエは、プッと吹きだした。
「こんなにバラバラとはね。」
周囲に笑みがこぼれる。
「イッサに花とか買ったほうがいいかなぁ。」
希美子が言った。
「イッサくん、居酒屋に10時なら来れるらしいよ。皆でお祝いしようよ。その時でいいんじゃない。」
そういうことになり、この足で先に劇場に入ることにした。

幕があいてから、イッサがでるまでには、かなりの時間があった。舞台を見ながら、それに引き込まれていくのをカノエは感じた。なぜ私はあそこにいないんだろう・・・私は何をしているのだろう・・・。
そんな気持ちが頭に浮かんで、何分たったのだろう。
「ホラ!」
希美子がつついた。呆然と見つめる舞台の上に、見慣れた青年が現れた。イッサだった。酒場の客の一人だ。しかしイッサには存在感がある。声の張りもあり、堂々とセリフをこなした。酒場の隅でのわずかな演技。おそらく観客のほとんどは、今、舞台の中央にいる別の青年を見ているのであろう。カノエはそう思った。
でも、イッサの輝きはいつものイッサのものとは別人のようだった。この子は、大物になるかも・・・。そんな気がした。舞台が終わり、居酒屋では3人が待機していた。そこにイッサがやっと現れた。
「ごめん、ごめん。すみません。カノエさん、待たせちゃって。」
カノエはニコリと返した。次々と料理が運び込まれ、冷えたビールもやってきた。カノエが音頭を取り、
「では、イッサくんの成功を祝して。」
みんなが
「乾杯ーーー!」
とグラスを合わせた。
「はやくイッサの主役が見たいなぁ~。」
希美子が言った。
「今日を境にがんばります。」
イッサが笑顔で言った。
そんなに先の話ではないかもしれないよ、とカノエは思った。
「どうしたの?カノエ黙っちゃって!」
希美子が声をかけた。
「うん。何でもないよ。結構、イッサくんいけてたなと思って・・・。舞台よかったよ。」
カノエが言った。
「うん。よかったよ。」
ケイも続いた。嬉しそうなイッサ。今夜は楽しい夜になりそうだった。

相変わらずの日々を過ごしながら、ケイはあの日のことを考えていた。kissした日。そして希美子が走り去った日。あれ以来、希美子はケイに何も言ってこなくなった。理屈じゃない・・・・あの希美子の言葉が、どうしても心に突き刺さったままだ。
 きっかけは希美子のkissから始まったが、本当にいつも見つめていたのは、自分のほうだった。自分のkissを、希美子は受け入れてくれた。けれど、自分を選んだわけではないと思ったのだ。付き合えるという関係でもない、そんな俺が、イッサに内緒で毎日電話をすれば良いのか。流されればいいというのか!希美子の言葉の真意が、どうしてもわからないケイだった。
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